TALKING MOON

TALKING MOON

 

本来の、日本が誇れる文化とは

ドラマ「重版出来」が面白い。

漫画と、その出版にかかわる人たちのものがたり、と、おおざっぱにいえばそういうことになるが、これが案外、日本にしか醸し出せない文化だったりする、のかもしれない。

個人的には、昔から好きなマンガが「がらかめ」(笑)であるが、あの美内先生が温めていた原案では、琴を弾く舞台が主戦場だったのに、担当の編集さんがそれを演劇の世界に変えさせたという。

それがどうですか。

ひっぱってひっぱって、40年、三世代もの読者を虜にするという現象を巻き起こすのである。

いやいやこれは氷山のなんとやらに過ぎず。


きっとあれもこれも、編集さんのアドバイスの賜物、なのである。

なんて日本的。


どうせ、アカデミー作品などというモノは、ハリウッドに任せればよい。

「がらかめ」も、別に演劇は日本だけのモノではないから外国リメイクなんかはありうる話かもしれぬけれど。

地味かもしれないが、「重版出来」は日本以外代替のきかない作品である。

これこそが日本が誇れる文化、というのでは。





 
 

第三者の、しっかりした厳しい目で・・・

そんなものがあれば、こちらも仕事上(延いては人生)であまり理不尽な思いにならずに済むのにな(笑)

居丈高な奴は、自分が誤解を生むような行為をしていて、それでも相手に謝罪を求める。

「少しは考えろ」だと。

おまえが考えろ。


あの元大蔵官僚、高橋洋一氏の「地政学入門」を読むと、世界史のあらゆる事象が、なるようにしてなっているかが腑に落ちます。

第三者の目、そんなものあるわけない。





 
 

ピーターバラカン氏とBABYMETAL問題

だいたい誰でも見られるネット記事等で検証し、個人的に出した結論としては、ピーターバラカン氏が「やってしまった」感がありますな。

あの方の性格からして、BABYMETALについて、自らシャシャリ出てしゃべることはない、ことはわかってます。

誰が氏にコメントを求めたかは知らないけれど、随分愚かなことをしたもんだ(笑)

ということで、ピーターバラカン氏にとっては、うっかり火の粉をかぶってしまったわけです。


ピーターバラカン氏にとっての、その時の正しいコメントとしては、どう言うべきだったか。

はい、ノーコメント。 これしかないでしょ。

火の粉は、かぶってキレるのではなく、逃げるもの。


自身の主観を、世間の流れを汲まずに発言するスタイルは、ピーターバラカン氏の、長年、日本で培った一つのスタイルとして、とにかく確立はしましたよ。

でも、ご自身のスタイルを、全然客観視出来てないとは。

ピーター氏もそんなことでは、案外、エンタメに身を置く方としては、致命的なのかもしれない。


ああ。僕のブログなんて、誰も読んでないからノーコメントにしないだけです(笑)







 
 

水曜日のカンパネラとヒカシュー問題

こちらは、実は音楽ブログなのだが、ここ数年は脱線してばかり。

ということで、久々にマニアックな内容に踏み出してみます。

だいたい誰でも見られるネット記事等で検証し、個人的に出した結論としては、水曜日のカンパネラ側が「やってしまった」感がありますな。

ヒカシュー(巻上さん)が、ご自身の活動に対してのプライドから苦言を呈したのは当然だし、水曜日のカンパネラ側が知らなかったとはいえ。

音楽ユニットのヒカシューを知らなくって(?)言葉の出自も全然関係がないのだから、ついうっかりだったとすれば、それ自体は全然責められるべきではないのはわかっている。

でも。
あえて「苦言」というかたちでもって巻上さんがアプローチをする権利はある、いや、大御所とはいえ、それなりに勇気のある行為だろうけれども。

それをくみ取って、電話対応ではなく、きちんとした場を作って(つまり誠意を見せて)水曜日のカンパネラ側が対応すれば、たがいにハッピーで終わっていたのだ。
(巻上さんのコメントを見ればわかる)

エンタメに生きる覚悟を有するなら、それくらいの「粋」に事は運んでくれないと。

いわゆるネット特有の、水曜日のカンパネラを擁護する輩が、また多数、書き込んでいるが、あんたら、間違っているよ。



 
 

リップヴァンウィンクルの花嫁、なんて

リップヴァンウィンクルの花嫁、なんて、どうしたらこんなク○みたいなモンが作れるんだ、というぐらい、とてもつまらない、というか、どうでもいい映画だった。

そりゃ俳優さんたちはうまいし、カメラワークの演出なんかも洒落たりしていて、最初から数分は、少し期待を持たせるような始まり方だったんだけど。

結局長いこと終わりまで観て、こちらになにも残らない映画、ということになれば、とても致命的ではないか。


最近は、映画を観るのに、やっぱりネットのレヴューなどを参考にするようになったのだが、この映画、実はとても評判がよかった。

でもまあ、それ以前の自分自身の予感、みたいなものもあって、それに従っていたら観ることはなかった映画。

鑑賞後、あらためてレヴュー等を見直す。

なるほど。

こういうのに書き込んでいるのは、安保法案に気安く反対して、付和雷同して戦争反対、などと黄色い声を上げるおめでたい人種なのか。

ああ、だからといって、こちらは安保法案に関しては専門家でもないからノーコメント。


こういうくだらないファンタジーもどきにうつつを抜かす輩が、この日本に増殖しているのであれば、とても危ういのではないか。






 
 

少女誘拐事件について、あえて言及

僕は、朝霞市在住なので、少女が行方不明になっていたおととしから、もちろん個人として身を案じていた一人です。
今回無事で戻られて、本当によかったと思います。

でもそれ以上詮索したりとかの気持ちはない。

実は、朝霞警察署に近いものだから、車でよく近辺を通るのだけれど、ある程度状況が明るみに出た今でさえ、各テレビ局の報道車が署にへばりついている。

まったく暇人の極み。

他に報道することはないのかい。



 
 

電力自由化ごっこ

3・11から五年たって。

もう、ふだん東北復興のことなど、さほど気にもしていない、僕を含めた日本人の大半が、免罪符のように3・11イベントで盛り上がる。
そんな日本人が、最近ちょっと気になっている電力自由化。

電力自由化、なんていい響き。

さて、ホントに電力自由化というなら、東電と関電とが互を牽制しあって切磋琢磨しているというのか。

そんなこと、あるワケないか。

なら、今回盛り上がっている電力自由化は、電力自由化「もどき」。

まあ、しょせん今の日本人のレベルなら、3・11ごっこや電力自由化ごっこがお似合いである。










 
 

どうなるTPP

いま国会で衆院予算委員会をやっている。

やっているが、あれだね、聞いていて数分もたたないうちに、だんだん死にたくなってくる(笑)

だいたい調べたところ、国会で議員さんたちが話し合いをする場では、一日国税が3億円(!)ぐらい使われるという。

そんな貴重な自分たちの血税が使われる場で、「甘利さんがあんなことになったにもかかわらず、かえって安倍首相の支持率が上がった?状況に、総理はどう思われますか?」などと某政党議員が質問してみたり。



ゲスの極み乙女などどうでもいい。

号泣元議員などどうでもいい。

清原さんのこともどうでもいい。

甘利さんの顛末も、ぶっちゃけどうでもいい。


普通の、ホントに普通の日本人として今の世の中で至極関心を持たなくてはならないのは。

ずばり、TPP合意のなりゆき。



でも、TPPが日本国内に浸透した時の壮絶な混乱ぶりでもって、今の政治家たちの煮立った脳みそに撃鉄が突き刺さるのをみるのは愉快かもしれない。

しれないが、その時は、日本に住んでいる自分たち、しがない庶民もどうなってしまうことやら。








 
 

良心をもたない人たち

マーサ・スタウトという、アメリカの心理学者が書いた「良心をもたない人たち」。
アマゾンでも高評価で、個人的にもこの手の書籍としては、非常に説得力のあるものとして感銘した。

あの少年Aを、香山リカが「サイコパス」と決めつけた時、多少違和感を覚えた自分としては、想像以上に「サイコパス」についての研究が進んでいるアメリカにおいてすら、むやみに他人をサイコパスと断定しないという姿勢に、やっぱり、という腑に落ち感があった。


人間のクズ、とは、どういうものであろうか。

こちらはまあ、学者ではないので、素人観点から見て、人間のクズ、くらいについては語れるかな、と。

よほど酷い表現であらわされるのかと思いきや、、、要するに、自分にしか関心のない人間。

=他人に興味のない人間。 =人間のクズ。

例えば、暴力を振るう、レイプをする、といった「行為」が、人間のクズ、という条件ではない。

いじめなどは、イジメる側は「みんなと遊んでいる」と思っている。
レイプも、する側は、あわよくば「合意で」と思っている。

こういうことは、実は、身近な、いたるところで巻き起こっている。

奥さん方の井戸端会議(笑)で、私が私が、という感じで、噂話をひとりねじ込んで、周りを唖然とさせる行為。

居酒屋で薀蓄(ウンチク)を語るような場処でも、気をつけたほうがいい。
ウンチクを語る資格は、聴かせる相手の話にも耳を傾けることが出来る、ということ。

お互いが気持ち良い、ということは、それはレイプではない。


ということで、ウンチクを語る人間の大半は、人間のクズである(笑)





 
 

HACO(AFTER DINNER)の記憶

https://www.youtube.com/watch?v=Pxp2jWDfvWk

18.9でやさぐれていた頃(笑)

日本の80年代のアンダーグラウンド・シーン(死語)を紹介した、welcome to dreamland という、逆輸入アルバムを買った。

HACOというアーチストが歌う、「髪モビールの部屋」は、当時はネットなどなかったから、ずっと謎のままで。

30数年も忘れていたのに、現在も現役で活動、しかも、案外ワールドワイドで活躍しているようである。


自分にとっても、とても重要なアーチストだと思う。

ライブも現在、頻繁にやっているようだ、でも、たぶん行かない。



初めて耳にした、あの感触をいつまでも忘れないために。





 
 

金子マリの記憶


https://www.youtube.com/watch?v=MrdLZXXtgC8


僕の昔からの好きなロックバンドの一つに、金子マリとバックスバニーがある。


私はけっして~悪い人間じゃない ただ 考え~が あ~ま~い~だけ~

この曲と、細野晴臣の弾き語り「ありがとう」は、日本屈指の名曲。

ああ、よく、金子マリを日本のジャニス、などと表現するのを聞きますが。

金子マリは、断じて日本のジャニス、ではない。

そんな陳腐な喩えで表わされる人ではない。

ロックミュージシャンという立場で、世間の偏見と冷遇にアカラサマに晒され続けなければ、あんな歌詞は生まれない。

よくある職場の管理職の一人は、こちらに対して気が回らず、使えないこと夥しい。
クレームや文句をいいたいこちらの気力さえ萎えさせる。

世間の現実に敏感に反応する神経がそなわっていなければ、ある意味幸せかも知れない。
でもそんな人間には、やっぱりなりたくない。

とことん、こちらは不幸体質(笑)




 
 

戦争なんて、やめなさい

「国際感覚を身に付ける」 

まるで三流大学の広告みたいなキャッチフレーズ。

さて、本来の国際感覚とはなんぞや。
そんなに難しいことをいうのではなく、ほとんど一言で片付けるなら、それはとことん責任ある人間であることを自覚?すること、と思いますが。

今、安保法案なるもので日本は賑わっています。
この本質は、なかなか海外の人たちにはわかりづらいかもしれません。

本音とタテマエ。
この文化は、おそらく日本の戦後から始まったのではないかと思います。

この本音とタテマエをもってすれば、いま日本で起こっている問題とその顛末までもが、腑に落ちます。

日本人の本音は、自分だけは戦争に行きたくない、ということ。

憲法九条だって、この日本人のあからさまで幼稚なホンネがあれば、永久に変わることはないでしょう。
憲法九条バンザイ。

そもそも「仕事をするな」というような憲法を、あめりかさんが作ったがために、モラトリアム化したいい大人が、だって憲法に書いてあるじゃん、ということで、いつまでも仕事をしない、というような感じ。

いままで、ご先祖さまが遺してくれた遺産を食い潰してきたけれど、もうそろそろ、それも底が見えてきている現実。

おくゆかしい日本人は、自分のホンネを隠したいがためにデモに参加する。
いざ、安保法案が可決、いずれは徴兵制が惹かれようとも、大義名分がある。

いたずらに中途ハンパに本音を隠さないか、自分には関係ないと他人事でいられるような無責任なヤカラであれば、安保法案には安心して賛成できる。
こんな日本人の心情、とても海外の「国際感覚」を身につけられた方々には、理解出来ないことでしょう。

まあ、そんな日本に、アメリカがしたんですけれども。
(と、モラトリアム発言を、ブってみる)











 
 

アクト オブ キリング

最近は、タブレットなんかも安価に出回るようになって、インターネットは、本当に身近になっている。
ウチの親は、自分には縁がないという「先入観」でそういう機器は未だ使おうとはしないが、おそらくウチの親と同年代の人たちの間でもかなり浸透しているのではないかな。
もう、日本全土でのインターネット使用率限りなく100%といった状況は、もう秒読みでしょう。
ホントにすごいことだ。

さて、前から気になっていた「アクト オブ キリング」をやっと観た。

個人的にもかなり衝撃だった。

日本でも選民思想といった表現があるが、この言葉の意味をどれだけ理解しているのか、あらためて問われる作品ではないかと。

インドネシアの当時の時代背景とはいえ、とにかく殺戮に手を下した主人公は、最後にこういった。

「いけないことだが、やるしかなかった」


国家レベルでの洗脳は、その政治思想、宗教なども利用しまくって、とても強烈なものなのだ。



オウムから脱却したとされる人も、洗脳から解けたとされるX・JAPANのToshi氏も、本当の意味で洗脳が解けたかどうかは疑わしい。
なにせ「選民思想」に囚われるということは、本来、それ以外の人たちを見下すということでもあるからだ。

「自分の方が優れている」といった「先入観」に囚われているなら、中国もイスラム国もアメリカ国もウチの親も、話し合いなんて所詮ムリな話なのである。



 
 

人質になった人たちって。

前回の書き込みからすぐ、今回のイスラム国による事件が発生。

安倍総理が中東支援に関する表明をした時に、イスラム国の反応になんとなく懸念をしたところ案の定。

ただここでは人質になってしまったお二方のことだけれど。
北朝鮮みたいに、この日本にやってきて拉致をするならまだしも、のこのこ敵地?に踏み込んでしまうというのは、これも日本の独特の悪道徳観のなせるワザか。
冬山に無断で入り込み遭難するようなレベル。

母親が出てきていい年の息子を返してと、世論に泣きつく姿は実に無様である。
さらにまあ、言ってしまうと、人質になった方に、実は最近子供が生まれたということだそうだが、残念だけれど、そんな人が親になる資格などないのでは。

まあ、この日本は、子供を持つということに関しても、自分の資質を履き違えている輩が多すぎなのだろう。
例えば子供を作ってカンタンに生活保護に頼る(国に泣きつく)という行為は、要するに自分がそもそも子供を持つ資格などないということを世間に表明しているようなものだ。
そういう親に限って「子供をどんなことをしても守る」などとノタまうが、その解釈が、躾を放棄することだったりして目も当てられなかったりする。

もちろんやりたいことをやるのは自由である。
しかし。
自業自得という言葉を噛み締める覚悟があるなら。

そして。

どうせ世間に悪害を垂れ流す輩が排出されるのなら、子供など、作らないでくれ、といいたい。



 
 

言論、表現の自由って。

テロやヘイトに溢れる昨今、あらためてあらためて取り沙汰されている「言論、表現の自由」というやつですが。

ローマ法王さんが、常識以前に、ひねりのない至極ありきたりなことを言って、まあ、それはそれで完結してしまうのではありますが。

日本の場合、日本の独特な自虐史観の教育が悪くって、憲法九条を守ってノーベルショーなどという失笑レベルの歪んだ発想が生まれる。

表現、というものを考える時は、その時代のしきたり、制約などを背景にして生まれるのは当然だと思うから、自分から言わせれば、言論の自由が保障されているハズなどとのたまう輩は、どうせつまらないことしか発言出来ないのだろうなとしか思えない。

キチンとセグメントすることなく言論の自由というものを規制しなかったばっかりに、バーガー屋のバンズの上で寝たり、広島の空にヒコーキ雲でなんか書いてみたり。

自分のやりたい表現をやりたいならやればいい。

問題は、表現の結果に伴う反発、怒り、失笑、軽蔑、賞賛、殺意、そんなものを全て受け入れる、それを行う表現者の覚悟が足りないことだから。

 
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