TALKING MOON

TALKING MOON

 

リップヴァンウィンクルの花嫁、なんて

リップヴァンウィンクルの花嫁、なんて、どうしたらこんなク○みたいなモンが作れるんだ、というぐらい、とてもつまらない、というか、どうでもいい映画だった。

そりゃ俳優さんたちはうまいし、カメラワークの演出なんかも洒落たりしていて、最初から数分は、少し期待を持たせるような始まり方だったんだけど。

結局長いこと終わりまで観て、こちらになにも残らない映画、ということになれば、とても致命的ではないか。


最近は、映画を観るのに、やっぱりネットのレヴューなどを参考にするようになったのだが、この映画、実はとても評判がよかった。

でもまあ、それ以前の自分自身の予感、みたいなものもあって、それに従っていたら観ることはなかった映画。

鑑賞後、あらためてレヴュー等を見直す。

なるほど。

こういうのに書き込んでいるのは、安保法案に気安く反対して、付和雷同して戦争反対、などと黄色い声を上げるおめでたい人種なのか。

ああ、だからといって、こちらは安保法案に関しては専門家でもないからノーコメント。


こういうくだらないファンタジーもどきにうつつを抜かす輩が、この日本に増殖しているのであれば、とても危ういのではないか。






 
 

少女誘拐事件について、あえて言及

僕は、朝霞市在住なので、少女が行方不明になっていたおととしから、もちろん個人として身を案じていた一人です。
今回無事で戻られて、本当によかったと思います。

でもそれ以上詮索したりとかの気持ちはない。

実は、朝霞警察署に近いものだから、車でよく近辺を通るのだけれど、ある程度状況が明るみに出た今でさえ、各テレビ局の報道車が署にへばりついている。

まったく暇人の極み。

他に報道することはないのかい。



 
 

電力自由化ごっこ

3・11から五年たって。

もう、ふだん東北復興のことなど、さほど気にもしていない、僕を含めた日本人の大半が、免罪符のように3・11イベントで盛り上がる。
そんな日本人が、最近ちょっと気になっている電力自由化。

電力自由化、なんていい響き。

さて、ホントに電力自由化というなら、東電と関電とが互を牽制しあって切磋琢磨しているというのか。

そんなこと、あるワケないか。

なら、今回盛り上がっている電力自由化は、電力自由化「もどき」。

まあ、しょせん今の日本人のレベルなら、3・11ごっこや電力自由化ごっこがお似合いである。










 
 

どうなるTPP

いま国会で衆院予算委員会をやっている。

やっているが、あれだね、聞いていて数分もたたないうちに、だんだん死にたくなってくる(笑)

だいたい調べたところ、国会で議員さんたちが話し合いをする場では、一日国税が3億円(!)ぐらい使われるという。

そんな貴重な自分たちの血税が使われる場で、「甘利さんがあんなことになったにもかかわらず、かえって安倍首相の支持率が上がった?状況に、総理はどう思われますか?」などと某政党議員が質問してみたり。



ゲスの極み乙女などどうでもいい。

号泣元議員などどうでもいい。

清原さんのこともどうでもいい。

甘利さんの顛末も、ぶっちゃけどうでもいい。


普通の、ホントに普通の日本人として今の世の中で至極関心を持たなくてはならないのは。

ずばり、TPP合意のなりゆき。



でも、TPPが日本国内に浸透した時の壮絶な混乱ぶりでもって、今の政治家たちの煮立った脳みそに撃鉄が突き刺さるのをみるのは愉快かもしれない。

しれないが、その時は、日本に住んでいる自分たち、しがない庶民もどうなってしまうことやら。








 
 

良心をもたない人たち

マーサ・スタウトという、アメリカの心理学者が書いた「良心をもたない人たち」。
アマゾンでも高評価で、個人的にもこの手の書籍としては、非常に説得力のあるものとして感銘した。

あの少年Aを、香山リカが「サイコパス」と決めつけた時、多少違和感を覚えた自分としては、想像以上に「サイコパス」についての研究が進んでいるアメリカにおいてすら、むやみに他人をサイコパスと断定しないという姿勢に、やっぱり、という腑に落ち感があった。


人間のクズ、とは、どういうものであろうか。

こちらはまあ、学者ではないので、素人観点から見て、人間のクズ、くらいについては語れるかな、と。

よほど酷い表現であらわされるのかと思いきや、、、要するに、自分にしか関心のない人間。

=他人に興味のない人間。 =人間のクズ。

例えば、暴力を振るう、レイプをする、といった「行為」が、人間のクズ、という条件ではない。

いじめなどは、イジメる側は「みんなと遊んでいる」と思っている。
レイプも、する側は、あわよくば「合意で」と思っている。

こういうことは、実は、身近な、いたるところで巻き起こっている。

奥さん方の井戸端会議(笑)で、私が私が、という感じで、噂話をひとりねじ込んで、周りを唖然とさせる行為。

居酒屋で薀蓄(ウンチク)を語るような場処でも、気をつけたほうがいい。
ウンチクを語る資格は、聴かせる相手の話にも耳を傾けることが出来る、ということ。

お互いが気持ち良い、ということは、それはレイプではない。


ということで、ウンチクを語る人間の大半は、人間のクズである(笑)





 
 

HACO(AFTER DINNER)の記憶

https://www.youtube.com/watch?v=Pxp2jWDfvWk

18.9でやさぐれていた頃(笑)

日本の80年代のアンダーグラウンド・シーン(死語)を紹介した、welcome to dreamland という、逆輸入アルバムを買った。

HACOというアーチストが歌う、「髪モビールの部屋」は、当時はネットなどなかったから、ずっと謎のままで。

30数年も忘れていたのに、現在も現役で活動、しかも、案外ワールドワイドで活躍しているようである。


自分にとっても、とても重要なアーチストだと思う。

ライブも現在、頻繁にやっているようだ、でも、たぶん行かない。



初めて耳にした、あの感触をいつまでも忘れないために。





 
 

金子マリの記憶


https://www.youtube.com/watch?v=MrdLZXXtgC8


僕の昔からの好きなロックバンドの一つに、金子マリとバックスバニーがある。


私はけっして~悪い人間じゃない ただ 考え~が あ~ま~い~だけ~

この曲と、細野晴臣の弾き語り「ありがとう」は、日本屈指の名曲。

ああ、よく、金子マリを日本のジャニス、などと表現するのを聞きますが。

金子マリは、断じて日本のジャニス、ではない。

そんな陳腐な喩えで表わされる人ではない。

ロックミュージシャンという立場で、世間の偏見と冷遇にアカラサマに晒され続けなければ、あんな歌詞は生まれない。

よくある職場の管理職の一人は、こちらに対して気が回らず、使えないこと夥しい。
クレームや文句をいいたいこちらの気力さえ萎えさせる。

世間の現実に敏感に反応する神経がそなわっていなければ、ある意味幸せかも知れない。
でもそんな人間には、やっぱりなりたくない。

とことん、こちらは不幸体質(笑)




 
 

戦争なんて、やめなさい

「国際感覚を身に付ける」 

まるで三流大学の広告みたいなキャッチフレーズ。

さて、本来の国際感覚とはなんぞや。
そんなに難しいことをいうのではなく、ほとんど一言で片付けるなら、それはとことん責任ある人間であることを自覚?すること、と思いますが。

今、安保法案なるもので日本は賑わっています。
この本質は、なかなか海外の人たちにはわかりづらいかもしれません。

本音とタテマエ。
この文化は、おそらく日本の戦後から始まったのではないかと思います。

この本音とタテマエをもってすれば、いま日本で起こっている問題とその顛末までもが、腑に落ちます。

日本人の本音は、自分だけは戦争に行きたくない、ということ。

憲法九条だって、この日本人のあからさまで幼稚なホンネがあれば、永久に変わることはないでしょう。
憲法九条バンザイ。

そもそも「仕事をするな」というような憲法を、あめりかさんが作ったがために、モラトリアム化したいい大人が、だって憲法に書いてあるじゃん、ということで、いつまでも仕事をしない、というような感じ。

いままで、ご先祖さまが遺してくれた遺産を食い潰してきたけれど、もうそろそろ、それも底が見えてきている現実。

おくゆかしい日本人は、自分のホンネを隠したいがためにデモに参加する。
いざ、安保法案が可決、いずれは徴兵制が惹かれようとも、大義名分がある。

いたずらに中途ハンパに本音を隠さないか、自分には関係ないと他人事でいられるような無責任なヤカラであれば、安保法案には安心して賛成できる。
こんな日本人の心情、とても海外の「国際感覚」を身につけられた方々には、理解出来ないことでしょう。

まあ、そんな日本に、アメリカがしたんですけれども。
(と、モラトリアム発言を、ブってみる)











 
 

アクト オブ キリング

最近は、タブレットなんかも安価に出回るようになって、インターネットは、本当に身近になっている。
ウチの親は、自分には縁がないという「先入観」でそういう機器は未だ使おうとはしないが、おそらくウチの親と同年代の人たちの間でもかなり浸透しているのではないかな。
もう、日本全土でのインターネット使用率限りなく100%といった状況は、もう秒読みでしょう。
ホントにすごいことだ。

さて、前から気になっていた「アクト オブ キリング」をやっと観た。

個人的にもかなり衝撃だった。

日本でも選民思想といった表現があるが、この言葉の意味をどれだけ理解しているのか、あらためて問われる作品ではないかと。

インドネシアの当時の時代背景とはいえ、とにかく殺戮に手を下した主人公は、最後にこういった。

「いけないことだが、やるしかなかった」


国家レベルでの洗脳は、その政治思想、宗教なども利用しまくって、とても強烈なものなのだ。



オウムから脱却したとされる人も、洗脳から解けたとされるX・JAPANのToshi氏も、本当の意味で洗脳が解けたかどうかは疑わしい。
なにせ「選民思想」に囚われるということは、本来、それ以外の人たちを見下すということでもあるからだ。

「自分の方が優れている」といった「先入観」に囚われているなら、中国もイスラム国もアメリカ国もウチの親も、話し合いなんて所詮ムリな話なのである。



 
 

人質になった人たちって。

前回の書き込みからすぐ、今回のイスラム国による事件が発生。

安倍総理が中東支援に関する表明をした時に、イスラム国の反応になんとなく懸念をしたところ案の定。

ただここでは人質になってしまったお二方のことだけれど。
北朝鮮みたいに、この日本にやってきて拉致をするならまだしも、のこのこ敵地?に踏み込んでしまうというのは、これも日本の独特の悪道徳観のなせるワザか。
冬山に無断で入り込み遭難するようなレベル。

母親が出てきていい年の息子を返してと、世論に泣きつく姿は実に無様である。
さらにまあ、言ってしまうと、人質になった方に、実は最近子供が生まれたということだそうだが、残念だけれど、そんな人が親になる資格などないのでは。

まあ、この日本は、子供を持つということに関しても、自分の資質を履き違えている輩が多すぎなのだろう。
例えば子供を作ってカンタンに生活保護に頼る(国に泣きつく)という行為は、要するに自分がそもそも子供を持つ資格などないということを世間に表明しているようなものだ。
そういう親に限って「子供をどんなことをしても守る」などとノタまうが、その解釈が、躾を放棄することだったりして目も当てられなかったりする。

もちろんやりたいことをやるのは自由である。
しかし。
自業自得という言葉を噛み締める覚悟があるなら。

そして。

どうせ世間に悪害を垂れ流す輩が排出されるのなら、子供など、作らないでくれ、といいたい。



 
 

言論、表現の自由って。

テロやヘイトに溢れる昨今、あらためてあらためて取り沙汰されている「言論、表現の自由」というやつですが。

ローマ法王さんが、常識以前に、ひねりのない至極ありきたりなことを言って、まあ、それはそれで完結してしまうのではありますが。

日本の場合、日本の独特な自虐史観の教育が悪くって、憲法九条を守ってノーベルショーなどという失笑レベルの歪んだ発想が生まれる。

表現、というものを考える時は、その時代のしきたり、制約などを背景にして生まれるのは当然だと思うから、自分から言わせれば、言論の自由が保障されているハズなどとのたまう輩は、どうせつまらないことしか発言出来ないのだろうなとしか思えない。

キチンとセグメントすることなく言論の自由というものを規制しなかったばっかりに、バーガー屋のバンズの上で寝たり、広島の空にヒコーキ雲でなんか書いてみたり。

自分のやりたい表現をやりたいならやればいい。

問題は、表現の結果に伴う反発、怒り、失笑、軽蔑、賞賛、殺意、そんなものを全て受け入れる、それを行う表現者の覚悟が足りないことだから。

 
 

寝ても覚めても、BABYMETAL

この自分が、今、音楽について語ることなどなにもないと思っていたが。



今年のサマソニ。

だいたい、行く気になったのは、たぶんこれが最初で最後になるであろう、ロバート・プラント見たさに。

チケット購入の時点で、まったくBABYMETALのことは知らなかった。

だから、BABYMETALのライブを、また、よりによってこの年にナマで観戦できたことは、運命としかいいようがないのである。
これからどうなるのかわからないけれど、展開によっては、単にメタルだけではない、全ジャンルの音楽を巻き込んだ世界規模の大事件に発展する可能性を秘めている。

こんなに痛快なことはない。






自分が主張したいことは、ほとんどこの方が述べてくださっている
(日本語字幕付き)



 
 

僕は在日

昨日、GOOUT JANBOREE in 河口湖に連れてってもらいました。
盟友M氏も言っていたが、もし、こういった野外フェスが数十年早く一般的になっていたらどんなによかったものか、とあらためて思うものであります。

というわけで、久々に出演アーチスト(特に気に入った)の個人的レビューでも吹いてみようかと。



1、在日ファンク

観る前からかなり学習していたので、とても楽しみにしていましたが、ホントにいい意味で期待どうりでしたね。
日本という国にロックが根付き始めた時分、ワウのかかったギターとかを聴くと、これぞ!と、子供心に思ったものですが、後からロックというものを学習した時に、いわゆる英国ロックとブラックミュージックにはタイムラグがあることに気付くんですよね。
でも日本には、海外の本場ほどにはタテノリとヨコノリの垣根がない気がします。
うがった見方をすれば、当時はまだ黒人差別もかなり香っていた時、WASP連中の黒人嫌悪感情に、ファンクというブラックマジックが対抗していた時、日本ではロック=ファンク・ブラックミュージックというくらいにその時間差も無く根付く土壌があったんでしょうね。
同じ日本人として、やっぱりファンクは気持ちいいですからね。
要するに、ヘンな偏見を持たないのが日本人のいいところなんですよ、本来。

それから、あのハマケン氏の容貌(笑)
JBといい、やっぱりファンクのフロントマンはああでなくっちゃ。

リズム&ブルースに途中からデビッド・ボウイも傾倒したけれど、デビッド・ボウイにあれは出来ないよ。



2、AUTORA

エレクトロ、アブストラクトといったキーワードで大阪を拠点に活動し続ける山本アキヲ氏。
彼のことは個人的に今まで知らなかったのですが、関西限定ではあっても、それ相応の活動遍歴から垣間見る音は、さすがに一筋縄ではいかないものでしたね。
おこがましいとは思いますが、世代的にも、ジャンル的にも、似通ったモノを主食としてきた自分としては、彼らの行き着くところにもとても親近感を覚えた次第。
あいにくギャラリーは比較的少なかったものの、「そんな会場に、自分もいたことあるんだよなあ」と後々云えるような、ブレイクを今後、期待するものであります。



3、HI-FANA

こういった、多角的野外イベントでは、もう欠かせない存在ではないんでしょうか。
今、いわゆる音楽業界は疲弊しきっているといわれる昨今、HI-FANA、このユニットにとって、「疲弊」という文字は見当たらない。
いわゆるCDのような音源として残すコンテンツ、フォーマットを必要としなくても全然成り立ってしまうアーチストなのだから。
今後、あなたがいろいろな野外のフェスティバルに出向くのであれば、かならずこのHI-FANAにめぐり合い、そして音楽に対する価値観が一気に引き伸ばされることでしょう。
最近の機材に対してちょっとでも関心を持つような人であれば、デジタル・パッドを叩くことがどれだけ難しいか、いかに凄まじいリズム感を必要とするのか。
それに輪をかけて、パフォーマンス自体、何をやっているのかさっぱりわからないという(笑)
なにをやったら、ああいった音が出るんでしょうね、ホントに。

HI-FANA、彼らは音楽家、というよりも、その位置付けはどちらかというと、ユリ・ゲラー(!)とか、最近だどメンタリスト・DAIGO?まあ、そういった連中が観ても真っ青、って感じですかねHI-FANAは(^^






といったわけで、以上気に入った3組程、4月半ばとはいえ、寒い思いをして観に行った甲斐はあったのでございます。

そして、それらに僕と同じく釘付けになっていた子供たちの未来が、今後、とても楽しみなわけであります。





 
 

僕らは、アトムの子供さ。

苫米地英人氏「原発洗脳」を読む。

ここ最近は、なぜか原発に関係する本ばかり読んでいる。
あの管直人元総理の書いた本まで読んだ。個人的には管氏に偏見はないつもりだけれど、でもあの人の書いたものはなんか難しくってよくわからなかったなあ(苦笑)

そんなワケで、それなりにいくつか読んだ原発本の中では、この苫米地氏の書いたものが自分の中で一番ぶっちぎりの内容でした。


前にもちょっと自分の主義主張について触れたけれど、僕は原発推進派である。

厳密にいえば・・・あの原発事故で自身の中に芽生えた感情は、おそらく自分の周りの人たち~反原発を唱える人たちとそんなに変わりはないと思う。
それでもなぜ、あえて原発推進と唱えるのか?

まず、あの事故が起こる以前のほとんどの日本人は「原発推進派」である。
坂本龍一など、以前から反原発の運動をしていたとか、そんなことを言うヤカラほど、言ってることとやっていることがチグハグで始末に終えない。

とにかく前に進むか進まないかは、個々人で決めることだから。
それでも前に進みたいのなら。

今までの自分が、すさまじく無知・無責任であったこと、そして騙されまくっていた現実を推し量るべきなのである。
そういった、自身のふがいない現実をキチンと総括もせず、ただいたずらに反原発などと言っても意味がない。
残念ながら、それが今の、日本で行われている反原発運動の実態なのだろう。
そんなものと、こちらは一緒クタにされるのは迷惑なので。

それで、僕は「原発推進派」ということである。

少なくとも、原発問題の本質をしっかりと見極めきれないような人々が、気安く反原発にまわるなど、言語道断である。


こんなことを言われて、それでも苫米地さんの本を手にとってみようと思うのであれば。
それは真の「反原発」としての道を、大きく一歩記すのかもしれない。

と、原発推進派の僕は思うのであるが。




 
 

ハマ・オカモトに見る、親子という名の関係

オカモトズというバンドでベースを弾いている子。

今まではよくは知らんかったのですが、ここ最近いろいろなキッカケで急速に知るようになりました。
なにせ今月のベースマガジンの表紙を飾っていますからね。

父親のダウンタウン浜田氏は、個人的にはあまり好きではないんですよ。
そりゃテレビ界で長年やっているのだからそれなりの人望はあるのでしょうが、
センスの問題かもしれないけれど、僕はダウンタウンのギャグであまり笑ったことがない。
歌も下手だしねえ。

子供は、さいわい、父親の血?を受け継いでいないという。
父と子の関係は、さいわい、悪くもない、むしろ仲がよい感じで。

まあどちらにしても、とにもかくにも推測ではあるけれど、おそらくハマ・オカモト君の才能は、遺伝というよりも、家庭環境に彼の才能を伸ばす理解があったんじゃないかと思います。

子供は親のモノではない。

血筋とか、遺伝とかいうようなものは、過去の古い風習というか、ハッキリ言うと幻想だと思っている自分としては、ハマ・オカモト君の存在は、そんな自分の考えの片鱗にでもささやかに証明してくれたようでうれしいのであります。








 
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