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TALKING MOON

岡村靖幸さらにライムスターは、なにをマクガフィン(奪い合い)するのか~日本のラップ・ヒップホップの系譜

2019年11月30日(Sat) 09:35:06

僕は、個人的には、岡村ちゃんよりは大澤誉志幸派で(笑)
ヒップホップ界でのライムスターの存在はもちろん認識しているものの、そもそも日本語のラップというものにあまり興味がないので、ワタクシ、この二組について、どちらも造詣が深くない。

そんな二組がタッグを組み、紡ぎ生まれた「マクガフィン」。




そんな、門外漢な自分が、日本のラップ~ヒップホップの系譜をザックリ語ってみる。


自分が初めて、海外から取り入れた日本のヒップホップを耳にしたのは、おそらくメロンの中西俊夫だったと思う。

今聴くと、けっこう英語の発音も微妙で、本場モノと比べると色褪せ観が否めない感じではあるが。
これでもけっこう最先端ということもあり(当時、他にこういった音楽をやっている日本人はいなかった)とにかく、日本にヒップホップの文化を持ち込んだのは中西氏とその周辺(高木完とか)だったと思う。
YMOの細野氏も、曲名が思いっきり「ラップ現象」という名目で、声を加工してラップを披瀝している。

ただ、この当時のラップは、日本人とはいえ、言語は英語である。
細野氏は、ロックこそ日本語でやったのかもしれないが、やっぱりラップを日本語でやるという「気恥ずかしさ」を克服するまでには至らなかったのだろう。

その後、もちろん、ラップを日本語でやるという試みを仕出かす面々も出てきて。
(その派生というか、例えば日本の高校生ラップ選手権なるものは、本場のアメリカ?から見ても、全く予想だにしなかった日本独自の文化に違いない)

ということで?日本のヒップホップは、ラップを英語でやるか日本語でやるかで、その音楽の特色の隔たりがかなり顕著になっていく。

モンドグロッソやサンディーは、当時の自分もよく聴いていたし、マンディ満ちるとの掛け合いなどは絶品だった。
ただし言葉は英語だけれど。

かたや。
日本語ラップは、小林克也氏から始まり、スチャラダパーからどんどん駄々滑りし…行きついたところはケツメイシや湘南乃風(笑)

とにかく、日本語ラップは、本場アメリカのものとは、似ても似つかないキテレツな風貌?に成り下がったと誰もが(少なくともワタクシは)思ったはず。


ライムスターは、いわゆる日本のヒップホップ界の立ち位置的には特別な存在らしいいのだけれど、そんなことなど全く知らない自分からしても、まあ、自分と同世代ということもあり、先の中西俊夫などの系譜も弁えた上で、あえて日本語ラップというものに抗ってきた、稀有なグループである、といった認識はとりあえず持っていて。

そして映画やゲーム、J・POPはたまたアイドル等、今のサブカルに対しての造詣も深く。

そんな姿勢を貫いてきた事が、結果、あの「マクガフィン」を生み出したのかもしれない。


ズバリ、世界最先端の日本語ラップ曲がとうとう出でてしまった、という現実を。






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