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TALKING MOON

責任の所在、を考える。

2019年11月24日(Sun) 21:44:05

先日、久米宏さんのラジオ番組に出演した、ヒューマン・エラーについて研究しているという中田亨氏の話が、とても興味深かった。

中田氏曰く。
クレオパトラの鼻があと一センチ高かったら、世界は変わっていた、は、常識ではバカげているが理屈ではまちがっていない、と。

もうちょっと詳しく解説すると、もし、仮にAさんが何かの失敗をしたとして、その失敗は、100パーセントAさんに責任があるワケではない、いや、Aさんがそのことをしっかり反省するかしないかは別にしてでも、他人がそのことを100パーセントの勢いでAさんを責め立てる資格はない、ということ。

まだよくわからないですか(笑)

例えば、自動車どうしで追突事故が発生した場合、どちらが悪いかわからないといったケースが多々あります。

後ろから追突した車両のわき見運転かもしれないし、前方車両のブレーキのタイミングが急なせいで起きたのかもしれない。
でも、実際に事故が起きた時、人間は自分のせいだとは思いたくないらしく(笑)だから、なにか問題が起きた時はついつい人のせいにしがちになる、と。

あの、池袋で母子をプリウスでひき殺してしまった事件も、当の爺さんは、「プリウスのブレーキの不具合が」みたいな主張を噛ましたワケで。
あの爺さんを擁護するわけではないが、あの爺さんの運転するプリウスの事故に巻き込まれないためには、その車の走っている場所には寄り付かない、という究極の対策がある。

何が言いたいかというと。

結局、なにか問題が起こった時の、反省、対策は、例え自分が99パーセント悪くなくても、自分に全部責任があるぐらいの「いきおい」でその問題に当たる、ということで。

しょせん、この世の中は、他人のせいにしたいクズばかりがひしめき合っている。

そんな中にあって、どんな問題も、とことん自分のこととして責任を追及していく、そんな人は、その積み重ねの中で、どんどん成熟の域に達していく。

そう、成熟した人間の、それはつらいところであり、そして特権であるのかもしれません。



そういえば、ヤ〇ザって、意図的にヒューマン・エラーに持っていき、その罠にハマった人間をとことん責め、追い立てるといった印象があります(笑)

そこまでではなくとも、すぐ言い訳をしたり、他人に少しでも非があると、とんでもなく責め立てる行為をする人間は、とても見苦しいと同時に、いつまでも成長のない野蛮人なのだ、といったことを、そのラジオを聴いて思ったのでした。

身につまされますねえ。。。



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