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TALKING MOON

となりのトトロを30年ぶりに観て

2018年08月21日(Tue) 00:09:54

先日のテレビで、個人的には実に30年ぶりに。

30年前の当時は、劇場で観てとても感動した記憶があり、その記憶でもって「となりのトトロ」という作品、宮崎駿監督の代表作としての認識は、世間の評価と共に自分にとっても常にリンクしているものであった。
でもなぜか、宮崎氏の他の作品は全く観ることがないまま今日に至っている。
成人とともに、おそらくアニメーションというものに食傷気味になってしまっていたのだろうと思う。

それでもって今回。
自分が「となりのトトロ」の何を、当時、感激、感動したのか、あらためてその記憶を噛みしめることが出来た。

巷では、サツキやメイの死亡説など、かなりの陰謀説が賑わっているのだけれど、こちらからいわせれば、それ以前に、この物語の展開自体がとても淡白であることにあらためて驚いてしまった次第である。

ファンタジーの使い方がとても稚拙。(メイちゃんが失踪してしまった現実を、ネコバスで探し当ててこの物語は終わるのだ)
最近のアニメーションで、こんなストーリー展開ではギャラリーの炎上は免れないであろう。

では、自分は当時、何に感動したのであろうか。

「となりのトトロ」は、当時、とっても画期的であった。

作画と動画の細やかな表現、そして音楽と声優さんとの絡みが、当時のアニメーション界でとてつもなく抜きんでていたということ。
それは、ストーリの稚拙・淡白さを補って余りある凄さであったのである。

いわゆる宮崎駿というブランドの確立を、自分は当時、劇場にて立ち会ったのだという実感に、感動を禁じえなかったのだろう。


その後、宮崎氏門下生の作品「仮ぐらしのアリエッティ」を観るが。
どうやら宮崎ブランドは、そのストーリテリングの稚拙・淡白さまで受け継いでいるようだ。

でも、宮崎さんの存在があったればこそ、海外ではあの「ズートピア」が生まれたのであろう(と信じたいのだけれど)






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