TALKING MOON

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小山田圭吾と悪の教典

昨日、成り行きで映画「悪の教典」を観にいった。


主人公は、他人への共感能力を欠くサイコパス、とのことだが、個人的には真っ先に小山田圭吾を思い浮かべてしまった。
彼は、最近はミュージシャンというよりも、過去に障害者への壮絶なイジメをした有名人、的な印象である。
http://d.hatena.ne.jp/denpatiro/20061115/p1

「悪の教典」の主人公と小山田圭吾の違いって、単に人を殺したか殺していないか、ぐらいのもので、それ以外はほとんど同じような気がする。

あと、「悪の教典」の主人公は、過去の経歴やら才能やらも人並み外れという設定、確かに小山田も、日本の音楽業界で、それなりに名を馳せて?いるようであるが。


未だに彼がこの国の音楽業界でやっていけている=彼を擁護するヤカラの精神構造が知りたくて、上記ブログのコメントに多少関わってみたことがあった。

結論からいえば、連中の言い分は、せいぜい人格と音楽は別物、という、かなりの支離滅裂感でしか反論出来ないものばかりであった。
そして、そういった発言こそが、「他人への共感能力を欠くサイコパス」ヤローということの証明になってしまってもいる。
この国はいつの間にそんなサイコヤローどもの巣屈に成り果てたものやら。
おそろしい限りである。

実は、小山田圭吾の音楽の才能については、僕はいまだによくわからない。

「POINT」あたりから、YMOの面々始め、彼の注目度が一段と集まった頃に、キチンと彼の音をライブで聴こうと思い、検索したら・・・上記のブログが現出。
それ以後、彼の音楽を聴く以前に彼自身への興味は失せてしまった。

その人の音楽性いかんについて論じても、ぶっちゃけ趣向は人それぞれであるからして、個人的なことを説いてもしょうがないかもしれないが、彼の音楽(アイデアおよびギターもろもろの演奏能力)は、彼と同世代またはそれ以上の音楽趣味人からすれば、「想定内」である。
まして、このネットによる情報過多の時代、なぜに彼の音楽がそれなりに注目されているのかはとても不思議に感じる。
まあ、自分に音楽の「見る目がない」といわれればそれまでだが。

でも、百歩譲って彼の作る音楽がすばらしい?モノだとしても、それに輪をかけて迫ってくる彼のサイコ度数には、正直吐き気がするものである。


「悪の教典」劇中では、クルト・ワイル「三文オペラ」が至る所で掛かる。そう。自分たちの世代なら、おそらくデビッド・ボウイを通して知った音楽、ではないか。

ボウイは当時、自分のイメージを中性的かつサイコ的なファッションに身を包んだのであるが、それも、あくまでも「ファッション」として自分たちは魅了(芸として)されたのであって、小山田のように、イメージも身も心もサイコだということになれば、それは芸ではないし、シャレにもならないのである。


やっぱりこの国の芸術感覚も、まだまだ相当レベルが低いのだろう。



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Comments

みーつけた! 
小山田圭吾ですか〜〜?調べて見ます!
悪の教典は私も観ましたが、非常に胸糞悪い映画でした(ノД`)
でも、サイコパスはあんな感じなんだろうなと分かりやすいかったです。
本も探してみますね!
Re: みーつけた! 
おおっ、ずいぶん前のやつを読んでくれたのね(^^;
あの伊藤っていう役者さん、最近はサイコパスを憎む役なんかもやっているね。
プライベートはまた別だけど(笑)

 
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