TALKING MOON

TALKING MOON

 

電人ザボーガー論

ザボーガ



先日、電人ザボーガーを観に行ったが、はっきりいって、面白くなかった。

自分だけでなく、たぶん最近の映画にこなれた?批評をする人たちにとっては、あの程度の内容なら想定内ではないのか。
それが面白くなかった理由。

ただ、メガホンを取った監督さんは、その人自身の個人的理由で、要するに、電人ザボーガーに「愛」があったから作ったんだろうな、と思った。

だから、あの映画が出来る理由は、ある。

まあ、なんでもともと子供向けのお話が、あんなに下品になってしまうのかはよくわかんないんだけど。
いや、下品はきらいというわけではなく(笑)


逆にいうと、今、映画人全般に手放しで受け入れられる映画を作るということは、とてつもなくハードルが高い、そういう時代ということなんでしょう。


一昔前なら、スマホだって考えられないような時代に突入して、ますます残酷な世の中になっていく。
皆、それぞれ、何かを当てにし、何かを思い、何かを夢見て行動を起こす。

それが「努力」ということであるなら、その努力が仮に報われなかったとしたら、その努力は無駄なのか。
たぶん自分は人生始まって長いこと、努力は報われなければならないと思っていたのだろう。
努力をして夢を叶えなければならないと思った時、その次に重要なことは、その努力の仕方、である。
その努力の仕方が、傍から見て明らかにおかしいとき。
その努力?している人間を、僕達はただただ冷笑して。

ここ近年、うつ病というものが取りざたされているけれど。

冷笑してしまう人間というものは、実はそういう病にかかる張本人ではないのか、と。


なにごとにも無気力、無関心という状態に陥ってしまうことを「うつ」と勝手に定義させてもらえれば、僕はここのところ、ずっと「うつ病」であった。

別に病院には通っていないけどね。

状態は変わらないけれど、ひとまずその状態に陥った原因がわかるとき、それがたとえ末期の癌であっても。
人はとりあえず胸をなでおろすことが出来るのではないか。



一般論ではあるけれど、つつましくも、真っ当?に、子供がいるのなら子供を育て上げ、それなりの社会貢献をして。
それで世の中が全く変わらないとしても。
その人の存在で、世の中がなにかしら劇的に変わることがあるとしたら。

でもそれ以上はよそう。
おそらくその人は、もともとそんなに世の中に期待などしていないはず。

夢は、やっぱり大いに持つべきである。
努力は、それがたとえ、思いっきりマイナスの方向に向かっていても、大いにするべきである。
そこには、いずれ正しい方向に気付く、などといった気休めはしない。


とにかく、自分の起こした行動に対して、期待はするな。
期待はしないほうが良いのである。
その途中で、いのち絶える、ということもありえるのだから。

その結果に見えてくる未来は、「おそらく人間のやること」で、明るいに決まっている、のだから。




といったことを、電人ザボーガーを観て、それを作った監督さんのことを想像して思った。

(思ったのかよ)






スポンサーサイト

 
 

Comments

 
素晴らしい。
Re: 
最近はすっかりごぶさたです。
言葉ではなんか言ってしまってますが、そういった境涯へは、ホントはなかなか、です。

 
<- 11 2017 ->
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

Archive RSS Login